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夏の思い出

梅雨明け宣言されたと思ったら大雨が降るなど、安定しない天気が続きます。

被災された地域の方々には、心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の迅速な復旧が行われることをお祈りいたします。

 

さて、暑い日が続きます。

夏です、夏が来ました。

皆様は夏と言えば何を連想しますか?

海、山、夏休み、花火…。いろいろありますよね。

私はといいますと、「お祭り」になります。

あれは今から約20~30年前。

当時、私は都心からのベッドタウンの新興住宅地に家族と住んでいました。

近隣には有名な夏祭りがあり、よく両親や友人と出かけていたことを覚えています。

そんな雰囲気に乗ってか乗せられてかどうかはわかりませんが、地元の商店街を中心にお祭りを盛り上げようという動きがみられました。

盆踊りのみならず、華麗な山車に乗って行われるお囃子、大人たちによる威勢のよい神輿。

小さな町では考えられない規模だったのではないかと今でも思っています。

さて、そんなお祭りを支えるためにも日ごろから住民の参加は必要で、小学生だった私もお囃子の会に参加していました。

きっかけは両親に紹介されてだったかな。

当時はそんなに乗り気でなかったような…

 

そうそう思い出した、こういったものに参加すると、お祭りの「参加者」から「運営する側」に変わるんですよ。

お祭りに向け定期的に行われる練習に始まり、当日は朝から集合して準備や町を練り歩いて太鼓をたたき、休憩をはさんで商店街でたたき、夜は他の催し物に合わせながらたたき、お祭り終了とともに解散。

以前は見て食べて聞いて楽しんでいたお祭りが、いつの間にか楽しませる側に変わっていたんですよね。

「友達と一緒にお祭り回りたい!」「みんなともっと遊びたい!」

まだまだ小学生なので、遊びたい盛りだったんですわ。

 

でも嫌いじゃなかったんですよね、「楽しませる側」にいることは。

自分たちが演奏することで喜んでくれる住民がいて、地元の祭りを盛り上げるんだと熱意をもって指導してくれる方がいて、活動を支えてくれる父母会があり、そして一緒にやってくれる仲間がいて。

当時そんなにいろんなことを感じられたわけではありませんが、いろんな人たちの思いや活動に支えられて今ここにこうしていられること、そして見に来てくれたいろんな人たちを楽しませることができたこと、そうすることでお祭りに貢献できたこと。

そんなことを感じていたから続けてこれたのかなと、これを書きながら思いました。

 

今では地元も離れ、すっかりそんな活動から遠のいていますが、「楽しませる側」に回ることは今でも好きです。

小さいころの経験って、いろんなところで影響してくるんだなって思いました。

夏の暑さと、近所のお祭りの音を聞きながら、こんなことを思い出して書いてみました。

渋谷

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